「balco」隙間の再定義

四谷付近で外濠から枝分かれした谷筋が、戸山の箱根山に向かって淀橋台に切り込む。「balco」はその最奥部、狭くなった谷地の底に位置している。周囲は小さな住宅が密集しているが、すこし視線を上げれば、東京女子医大をはじめ、台地に建つ大きな建物群が目に入る。都心におけるモザイク状の土地利用の分布は、台地と谷地の作る複雑な地形を契機として成立しているが、「balco」からの眺めは、まさにその縮図と言えるだろう。
もとは古い木造一軒家が建っていた、35坪ほどの南北に細長い土地に、地上4階、全4戸のコーポラティブハウスを計画した。今後、人口減少が進むとは言え、都心部の住宅密集地では、このような小さな敷地であっても、その多くが不燃化、高密化され、集合住宅化して行くことは避けられない。しかし、小さな区画をそのままの広さで集合住宅化するのは、避難計画などはもちろんのこと、採光や通風など、快適な住空間を担保する、最低限の要件に照らし合わせても、容易なことではない。土地所有が細分化されている状況では、敷地の統合は困難であり、もとより、小さな建物が密集しているこの様な場所の空気感を、再開発的手法で消し去ることの愚かしさを、私たちは充分に理解しているはずだ。
「balco」は、高密化が避けられない都心の住宅密集地における、小規模集合住宅の提案的実践である。必然的に生まれる隣地との隙間に着目し、それを建築計画上はもちろんのこと、豊かな住空間と都市空間を担保する為のリソースとして、最大限に活用することを目指した。

容積をほぼ使い切った後の、隙間のスペースを西隣地側に細長くとり、そこに共用階段とバルコニーを配置した。隙間を西側にとったのは、高度斜線を避ける上で有利だからである。バルコニーの間を縫うように登る、緑化された階段室の屋上は、道を歩く人々の目を楽しませ、僅かではあるが、古家にあった緑の記憶を継承することが出来た。この小さな立体緑地と、スチールメッシュでカバーした細長いバルコニーに向かって、住空間が膨らみ、入居者はそれぞれの工夫で、小さな外部を楽しむことが出来る。いつか隣家も建て替わり、現在の眺望を失うことになるだろう。しかし、その後もこの隙間を使い継ぐことで、生活者の豊かな振る舞いが、かわらず展開することを期待している。

「新建築」13年8月号

→「balco」作品紹介