「float」過去から引継いだ環境を今につなぐ

敷地周辺の衛星写真を見ると、この住宅地の特異性がすぐに分かる。北東から南西へ約600m、北西から南東へ約250m、この細長い範囲だけが、周囲のランダムな状況の中で整然と碁盤の目に整備されている。さらに際立っているのは基本となる区画の広さと、その広い区画に残る緑の豊かさである。北東から南西への道は75mほどの間隔があり、基本的に各区画はこの道に挟まれた範囲を背割りするように分割されている。つまり、各区画の奥行きは35mを越え、間口もそれに相応しい広さがある。昭和20年代の航空写真を見ると、昭和初期に造成された直後の区画は、背割りも無く一区画はもっと広大であったようだ。しかし、今ある奥行き35mの区画も、幾つかの段階で細分化が進んでいる。現況の地図からは、道路側の庭が分譲され、その結果、元の住宅が旗竿敷地の奥に残される状況がかなり進行していることが分かる。また、住宅地の周縁部では元の区画の奥まで道が引かれ、更なる土地の細分化が進行中である。
その中で「float」は、住宅地の中央部に近く、周囲には比較的大きな区画が残る。1960年代から80年代にかけて活躍したある作家による、端正な住宅が多く残されていることも、緑濃いこの近隣に独特の雰囲気をもたらしている。しかし、設計を依頼された私たちが最初に目にしたのは、樹木を抜かれ更地にされた庭の痛々しい姿であった。
私たちが考えたのは、更地にされ、敷地も建物も周囲とはスケールが違う「新参者」が、どう振る舞うことで、周囲のコンテクストを新たに引継ぎ、次の世代へつなげるのか、ということだった。
小さな庭を通りから敷地の奥へ抜けるように配置し、奥の庭と通りを挟んだ正面のオープンスペースをつなげ、庭側の隣地にある緑地と併せて、まとまりのある抜けを街に提供することが出来た。庭による近隣の緑の継承とつなぎ直しとともに、建築的には、軒や庇の水平線が強調された周囲の住宅の形式を参照しつつ、このスケールだからこそ考えうる新しい内外の関係性を目指した。庭に向かった大きな開口と、1階天井際にぐるりと廻した欄間状の開口により、外部環境が内側に侵入し、欄間やモルタルで仕上げた囲いの隙間を通して、ゆっくりと外へ抜けて行く。内部と外部が緩やかにつながったような場に落ちる柱の列は、周囲の樹木と呼応しながら、抽象的なVOIDとは違う実在感をともなった、密度のある場をつくり出している。
都市部の宅地が細分化されて行く状況の中で、過去から引継いだ環境を豊かな形で生活に取込むには、見るための庭を作ることではなく、内部をただ庭に開放することでもない、その中間にあって、丁寧で個別のケースに寄り添った、外部環境と建築の新しい関係性の創造が求められている。

「新建築 住宅特集」16年4月号

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